いきおくれ女子いろいろウォッチ

映画の備忘録として

ニッポン国VS泉南石綿村を見たメモ

今日見た。本は、最初のインタビューをちょっと読んだだけ。

以下、印象のみ。

 

この判決というものが、勝訴ということになっているのだが、少し引っかかりを感じる。

結局、家族曝露と近隣曝露は認められなかった。

つまり、論点が非常に狭められている。

環境問題としてではなく、労働環境とその国の監督責任のみが認められたのか。

納得出来ないなぁ。

 

ドキュメンタリー映画だし、監督は原一男だし、仕方ないんだが、人に焦点が当たっていて、裁判については、必要最低限のみ。情報が足らない。

まぁ、仕方ないか。

しかし、流石の面白さ。4時間も見ていたなんて信じられない。体感2時間。

 

判決には納得出来ないが、決して治る事はなく、どんどん病状が悪化する原告の事を考えれば、一旦区切りをつける事が出来て良かったのだろう。

原告や亡くなった原告、遺族の方達。出て来る人達が素朴で控え目な人達ばかりで、本当に気の毒になる。現代日本か?本当か?昔の映画でも見せられているんじゃないのか?

「働いてお金をもらったんだから、その結果病気になったとしてもしょうがない。」

これを、病気で苦しむ本人が言うのだから。

本にあった言葉。

「国の不作為で理不尽な被害を受けた人達」

その人達がこんなことを言うというのはあきらかにおかしい。

だが、そんな人達に、争いを強要する事は酷である。

大臣が出て来て謝罪したら、それで誠意を示してもらえたと思うのならば、それでもいいのではないか。

亡くなった人は戻らず、失われた健康はもとに戻らないどころか、どんどん悪化していくのだ。せめて心の平穏を。

 

しかし、それでも私は、亡くなった原告の家で謝罪する塩崎大臣の一挙手一投足に鋭い眼差しを向ける原告団代表の柚岡氏の、俺は納得していないぞ、といった感じのその強い双眸を支持したい。

 

とりあえず、みんなが口を揃えて酷いと言っている三浦判決は読んでおきたい。

関連判決も、出来たら抑えたい。

しかし〜〜時間が〜〜無い〜〜

バカな映画を見なければ〜〜時間はあるのだが〜〜だがしかし〜〜それはムリ〜〜無理なんだ〜〜

 

 

女たちと、男達と、子どもたちー「花咲くころ」「精神の声」あと「ワンダーストラック」

「花咲くころ」は、監督のデビュー作らしいが、非常に端正に作られていて、ちょっと出来すぎとも思うが、美しいいい作品だった。

物語は春から初夏にかけて、ソ連崩壊後の内戦のジョージアで、少女達のまわりで起こる事柄を描く。

14才のエカは、父が不在の家で母と姉と暮らす。エカの親友のナティアは、アル中の父、それから母と祖母、反抗的な弟と暮らしている。

エカは少し小柄で思慮深い少女、ナティアは大人びた感じの魅力的な少女だ。

彼女達のまわりで起こる事件が、その時代のジョージアを語る。

一つ一つが非常に印象的なエピソードなのだが、一つ選ぶとすれば、ナティアの誘拐婚のエピソードと、ナティアの結婚式のシーン。

ナティアに恋をしている少年が、白昼堂々と沢山の人の前から、仲間達と一緒にナティアをさらうのだ。ナティアは抗うし、エカも必死でナティアをかばおうとするが、まわりの大人達はただ見ているだけ。そして、ナティアはさらわれてしまう。女性の純潔が重視される為(映画では、少女達の会話で、処女でなかった為に離婚された女性の話がでてくる。)相手と結婚するしかない。

このエピソードには少し誇張があるか、何かの暗喩である事を祈ってしまうほど酷いエピソードなのだが(あろうことか、少女がさらわれるのを、まわりの大人達は見ているだけなのだ!)実際にジョージアでは誘拐婚によって学校を辞める少女がいた、という事だ。少女の教育は、女性の自立を考える上で非常に重要である。いや、性別に関わりなく子どもから教育の機会を奪う事は、許されないと思う。まわりの大人がろくでもなくても、教育の機会さえあれば、子供は他の真っ当な大人から学ぶことができるかもしれない。

(少なくとも私は、そう信じている。この世から一人でもDQNが減る事を祈って、税金納めているよ、私は。)

そして、そのナティアの結婚式でエカが踊る。民族舞踏なのだが、まわりの冷やかすような雰囲気が「?」だった。映画が終わってから調べたところ、エカが踊っていたのは男性舞踏だったらしい。なるほど、抗議の踊りだったのか、と納得した。

抗議、という事では、ソヴィエト的な女教師の授業を子供達がボイコットするシーンと、その後の色々な事情を抱えた子供達が、それを超えて遊園地で遊ぶシーンは、民族紛争を乗り越えて国内の融和を願う気持ちが込められていたのか?

揉め事、混乱、理不尽な出来事、表面的な平穏、不本意な和解。それらが、いくつものエピソードで繰り返し語られる。しかし、そういったものを乗り越えた先の本当の和平を、理想を感じさせる、初々しく、瑞々しい作品だった。

 

「精神の声」はソクーロフ特集で上映された。300分超。休憩時間入れて、拘束時間7時間弱?ひえ〜

もっとソクーロフ特集に通うつもりだったが、結局これのみ鑑賞。

タジキスタンアフガニスタンの国境の紛争地帯に派遣されたロシア兵達を、写す。説明一切なし。

見る前の知識、国境の紛争地帯のロシア兵の映画、見た後に、この映画に写っている兵士達は、ほぼ全員戦闘で死亡と知る。

それだけ。

戦場の風景が映し出され、見回りをしたり塹壕を掘ったり、食事をしたりといった、日常が繰り返される、ひたすらの反復の映像。

モーツァルトとベートーベンと武満。

そして、戦闘、静寂。

映し出されるロシア兵達は、驚くほど幼い。おそらく、10代くらいかと思われるような少年がいたりする。童顔の日本人からすると、おっさんに見える人もいるが、笑顔が幼い。おそらく、大半が20代前半だろう。

「花咲くころ」を見ながら、2,3日前に見たこの映画を思い出した。直接の共通点はない。しかし、ソ連邦解体の流れの中の混乱という事と、戦闘シーンを直接写さずにその精神的なものを表現している、ということから連想したのだろうか。

 

「花咲くころ」の少女達は、あまりに出来過ぎているが、「ワンダーストラック」の子供達は、非常にリアルだった。

子供特有の傲慢さー嫌な意味ではなく、何も恐れるものなく、自らの正義や希望を貫く、非常に真っ直ぐな純粋さが、心地良かった。

1927年の少女と1977年の少年という、時代が違う少年と少女を中心に物語は進む。二人は耳が聞こえない為、セリフが非常に少ない映画だった。つまり、説明がほとんどない。新聞の切り抜きや本にはさまっているしおり、風景や表情、そういった情報を繋ぎ合わせて物語を読み解いていく。バラバラだった物語が後半一気に重なり合い、絡み合い、物語の全体が見える瞬間は感動的だった。

非常に素晴らしい作品だった。

 

先週見た11本の映画から、連想ゲームで書いたら、こんな感じ。立て続けに、子ども達の物語を見た。

今週はなんかバタバタ仕事していたら5本しか映画見てない。GW前に、来週は頑張って片付けよう。(ほとんどノルマ。これだからオタクって奴は…)

そんで、GWはすでに30本以上前売り券買ってるんだけど、バカなの?私。多分、9日間で40本くらい映画見るんじゃないかと思うが、アホなの?私。とりあえず、50本以内に収めよう…

恐怖についてー霊的ボリシェヴィキ

二月に公開されてから、なんだか予定があわず見逃していた「霊的ボリシェヴィキ」をギリギリ見ることが出来た。

見たい映画は沢山あるが、縁なく見逃す事もある。そして、不思議な縁で見る事になる映画もある。

劇場での上映終了間近のこの時期に、ポッカリ時間が出来て、見に行く事が出来た。

感想。

一言、怖かった。

 

私は、かなり小心だと思う。

映画を見ていると、割りとしょっ中ビクっとしている。

子供の頃は、家族みんなでテレビで見ていても、怖いシーンは苦手だった。ジョーズとかも、ダメだった。

しかし、段々と知恵がついてきて、中学・高校くらいになると、あれは全て作り物だ、という事を理解する。そうすると、その作り物を作る為の、全くもって無駄で馬鹿馬鹿しい努力を味わう事ができるようになった。この頃は、スプラッターが大好きだった。

そして、薄汚れた大人になった私は、人間の本気を味わうようになった。(インターネットの本気ではありません。)

本気で魂込めて作っている作品と、そうでない作品は明らかに違う。

例えば、グロシーン。

どれだけハラワタをぶちまけようと、計算を感じるものは、それ程怖くはない。

逆に腹わたをぶち撒けるシーンを撮るために作っている映画は、例え低予算でチャチなところがあっても、ぬら付き具合などが妙に気持ち悪かったりする。

商業映画は、沢山の人に見てもらってお金を稼ぐのが目的なので、楽しませてなんぼな為、不快で非道徳的な事柄は、うまい具合に隠そうとする。恐怖というものもある種の娯楽なので、無くしはしない。しかし、生々しさが出ないように加工して、あくまでも娯楽として消化出来るようにする。これは、ほとんど怖くない。楽しむ為に作られているから。

残酷な現実、容赦ない現実を描く為に、陰惨な表現が必要な場合もある。その場合は、他に描きたい物があるので、その邪魔にならないように、限界をさぐりながら描く事になる。これは、なかなか怖い事もある。

ただ、恐怖を描きたい映画は、本気で怖がらせようとしてくる。大体が低予算映画なのだが、ありとあらゆる手を使って、知力体力時の運全てを注ぎ込んで、怖がらせにくる。これは、怖い。そして、笑える。

愛情の反対が憎しみでは無いように、恐怖の対極にあるのは、笑いではない。笑いと恐怖は愛情と憎悪のように、非常に近しい関係だ。恐怖のあまり笑ってしまうような映画、これはかなり怖い映画だと思う。

その他にも、自分の中の幻影をなんとかして表現しようとする映画も怖い。CGで片付けず、特殊メイクや造形で手作りしてくる奴らは、怖い。ゾッとするような怖さがあるのだ。

 

霊的ボリシェヴィキ」は自主制作らしいが、非常に低予算感溢れる手作り映画だった。

脚本、演技、効果音、これだけ。

本当にこれだけ。なのに、怖い。

ストーリーなんて、ない。

霊的存在を呼び寄せるため、あの世に触れた事のある人たちが集められ、一人づつ自分の体験を話していくという実験が行われる。

これだけ。

本当にこれだけ。なのに、怖い。

特に怖かったのは、韓英恵が語るところ。なんというか、あの端正な顔が乱れ、まるで異質な物に作り変えられるのを目の当たりにするのだ。

あそこ、なんか画像処理してるよね?私そういうのよくわかんないんだけど、あれは、なんかしてるよね?なんなの、あれ。本当に怖かったんだけど。

コティングリー妖精事件も、恵比寿映像祭で見たばかりだったので、非常に生々しく感じてしまい、そういったところも、やめて〜、となった。

失礼な言い方かもしれないが、非常に安っぽい映画だった。刺激も少なく感じる人もいるかもしれない。でも、怖い。

娯楽として消化する事の出来ない、ホラー映画だった。久しぶりに、本気で怖がる事の出来た、ゾッとする映画だった。

 

ジョン バーンサルが可愛いーレッドスパローの感想がこのタイトルなのは、書いてる私もヒドイと思う。

「レッドスパロー」を見た。

例によって前もって調べたりせず、ジェニファーローレンス主演のスパイの映画、程度の情報で見に行った。スパイ映画だから、どんでん返しがあるんだろなぁ〜〜くらいのノリ。

ジェニファー ローレンス演じるドミニカは、ボリジョイのプリマバレリーナだったのだが、不幸な事件を引き金に道を踏み外し、スパイに仕立て上げられる、という物語。

出だしのジェニファー ローレンスのバレリーナ姿で少しズッコケる。だって、体つきが全くダメだから。ナタリーポートマンは、ブラックスワンの時、もっとちゃんと体作ってたよ。「レッドスパロー」はバレエ映画ではないから、メインのセクシースパイにあわせて体を作ったのだろうが、それにしても、ボリジョイのプリマが…

ボリジョイ劇場は、素敵だった。

昔、バレエに憧れてよく舞台を見に行ったのだが、上野や彩の国埼玉とかの劇場が好きだった。しかし、ボリジョイと日本の劇場とでは、当たり前だが全く格が違う。いつか行ってみたい。

バレエには非常に憧れたが、私は体が並外れて硬かったので、見ているだけだった。その後、必要に迫られて柔軟を頑張ったら、股割りできるようになったので、やっぱ人間気合いだよな、と思った事は、まぁ、どうでもいい話。

さて、ドミニカはバレリーナの夢を断念してから、スパイ養成学校にイヤイヤ行って、そしてそこでスパイの才能が開花する。

スパイ養成学校では、エゲツない事をやっているはずなのに、教室が明るく、解放感があり、清潔で、秩序立っているから、不安を煽るような事もなく、非常に見やすくまとめられていて、嫌味がない。そして、わかりやすい。

いわゆる人たらしの技術を仕込まれるのだが、その過程を教本のように見せられる。

まず、プライドを叩き潰し、自我を再構築させ(国家に忠誠を誓わせ)、ターゲットの欲望に合わせて自分を作りかえる。

ドミニカが吹っ切った瞬間、ターゲットの欲望を見切り、しかしそれに合わせず反対の行為を実行する事で、心理的に相手をたたき伏せるところは、女優魂爆発だった。バレリーナ頑張ってるとこより、この演技の方が凄いと思う。

その後、スパイになってからは、カワハギ職人とか出て来たりして、ちょっと痛そうだったりするが、血糊控え目で清潔な空間の明るい映像だから、サラッと見ることが出来る。

地下室みたいなところの拷問も、薄暗くてもくすんだ感じではなく、空気もよどんでいない。実にアッサリと拷問を描く。

スパイ映画だが、陰惨さがなくて、わかりやすく、素直にスルッと理解できる。

話のテンポが良くて、ダレる事なく楽しむ事が出来た。娯楽作として、いい作品だったと思う。

ただ、なんというか、非常に「アメリカ人いい人」押しが強くて、私はそういうところは好きになれなかった。なんか「尊敬されている日本、美しい国日本」みたいな感じで、押し付けがましくてうっとうしい。

アメリカ人ってもっと「アメリカが正義っていうか、オレ正義‼︎」という感じのオモロイ映画を量産してくれていたのに、どうしちゃったの?

映画が始まる前の予告でやってたやつなんて、「アメリカ人5人vsテロリスト5万人」とかいってたよ。ちょっとその算数おかしくないか?なんでアメリカをマイノリティーにしてんの?

そこいくとイーストウッドなんて、相変わらず「アメリカ正義」な映画を作っていて、イカす爺さんだと思う。テロリストの書割りぶりは、小学生の学芸会も真っ青だよ。素晴らしい。

いわゆる最近の「史実に基づく物語」を作っているイーストウッドは、「オレ正義」が欠けている。しかし、そうしてみて、ああ、イーストウッドって「アメリカ正義」の人だったんだな、という事が際立ったと思う。爺さん、余生は好きなだけ好きな映画を作ってくれ。

 

さて、そんなフツーのスパイ映画の感想をなぜ書いているのかといえば、それは、マティアス・スーナールツが出ていたから!

適当に見に行ったので、マティアス・スーナールツが出てるとか知らなかった。というか、私はこの人の名前を覚えることが出来なくて、チラシ見ても気が付かなかった。(ヒドイ。)

私は、オーディアールがあんまり好きではないのだが、それでももう一回「君と歩く世界」が見たいのは、マティアス・スーナールツが出てるから。

どんな人かと言いますと、ただ一言、可愛いんですよ。もう、無茶苦茶可愛い。

「レッドスパロー」では、なんかプーチンを意識したビジュアルだったが、それもまた良し。

で、タイトルのジョンバーンサルですよ。もう、無茶苦茶可愛いくて、可愛いくて、可愛い俳優さん。

どんな映画に出ているかというと、「ベイビードライバー」の一番最初の強盗トリオのイケメンじゃない方の人とか「ザ コンサルタント」の弟とか。

私はバーンサルの可愛さに「レジェンダリー」で、目覚めたのだか(映画は普通)「ブラッド スローン」も良かった(映画は普通)。あ〜、ヒューマントラスト渋谷ありがとう〜〜

この人は、血まみれになって無駄死にする役が最高に似合う人。

スーナールツもバーンサルも、主役ではなくて準主役くらいで、最後に死ぬ役が最高。

と、いう訳で、「レッドスパロー」は私的には大満足のエンディングの映画だった。サイコー!

(色々とヒドイ。)

一月から三月で105本の映画を見たんですけど、本当にバカじゃないかと思う。

全て劇場で鑑賞。とか言うのも、ウンザリするような状況だ。

今年の目標の一つは、月20本しか映画は見ない、にしたのに……。そして、ちょっと見過ぎちゃった月があったりなかったりで、一年間で見る映画は300本以内に抑えよう、と決めたのに…。一年の4分の1しか終わってないのに、100本超ってドイウコト⁇

どうして、私は、我慢というものが出来ないのか。見たい映画を見たいだけ見ていたら、そりゃぁ、こうもなろうかというか…

そして、呆れることに、見逃した映画があるのだ。あ、あれ見てない、とか此の期に及んで思っているのた。

これをバカと言わずになにをバカと言うのかと…

それにしても、あまりにひどい、ひどすぎる!

とりあえず、4月は30本くらいに抑えよう!!

……あれ?

いや、だって、3月半ばから話題作の劇場公開ラッシュだから…4月末はGWだし……

 

この三ヶ月間に鑑賞した約100本の映画のうち、新作映画は大体40本くらい。今回は特集上映などが多かったので、新作映画はそのくらいしか見ていないと思う。(もう数えるの、ヤダ)

その中でベストは「エンドレスポエトリー」と「ナチュラルウーマン」それから「苦い銭」。3本の映画の共通項は、生命力だ。

ナチュラルウーマン」の、否定されても決して屈しないしなやかな強さ。「苦い銭」の過酷な状況でも逞しく生きる力強さ。(「苦い銭」の物凄い夫婦ゲンカなんて、あまりのパワフルさに、腰を抜かす。一昨年のフィルメックスで鑑賞済だが、あの夫婦ゲンカをもう一度見たくて見に行ったのだが、やはり、凄かった。)

そして、特に「エンドレスポエトリー」の圧倒的なパワーは素晴らしかった。

「太陽は西から登る」と宣言したら、本当に太陽が西から登ってしまいそうな映画だった。

ホドロフスキーは最高の奇術師であり、ペテン師であり、詩人だ。美しく力に満ちた言葉、鮮やかな色彩、幻想的な映像、それらで観客を魅了し、だまくらかし、陶然とさせる。

混沌の中、生き抜くという強い決意で力強く大地を踏みしめて立ち上がり、圧倒的なイマジネーションを駆使して自らの王国を築き上げる。

ある意味、映画の王道なのだが、そういう映画が最近本当に少ないと思う。そんな中で「エンドレスポエトリー」は、これぞ映画、という作品だったと思う。

 

 

痴漢死すべし

映画をみていた。チカンが出た。どついて撃退した。

以上。

だけの話なのだが、最近考えていた事と少しかぶる部分もあったので書いておこうと思う。

 

その日は名画座の2本立てだった。

一本目は『ニューシネマパラダイス』。右隣は年配の男性、左隣は年配の女性だった。映画が終了してからトイレに行って、戻ってきたら左隣には男性が座っていた。

これは別段不思議な事ではない。

2本目は『地獄の黙示録』である。名作だが、女性は苦手な人がいるかもしれない映画だ。

予告、そして映画がはじまる。そこで、あれ?と思った。なんだか左隣の男性が妙に私寄りなのだ。

しかし、私のチケット代は肘掛けから肘掛けまでの範囲のみである。それ以外は私のスペースではない。ちょっと気になったがみている映画は『地獄の黙示録』である。オープニングからアレである。すぐに引き込まれて映画に集中した。

私は集中するとまわりが見えなくなる、非常に映画館向きの人間である。映画に集中すると周りが目に入らず、映画が終わってから「そういえば、今日はうるさかったな。」と思うタイプだ。前の席で人がしゃべっていても、スクリーンに集中してしまえば大丈夫。

そしてその時私が見ていたのは『地獄の黙示録』である。これから何が起こるか全部知っているが、何度見ても見飽きる事などない、あの『地獄の黙示録』だ。すぐに全く周りが気にならなくなる。

 

が、しかし、なんか左隣の男性が足をくっつけてくるのだよ。まぁ、普通ぐいっと押し返すよな!

そして、また映画に集中する。

 

そして、また、なんかおかしい、と思った。それまで映画に集中していたのに、ふと違和感を感じて現実に引き戻された。

そして、おなかのあたりの空間を探ると手がある!私の手じやない!!触られる一歩手前といった感じだった。

気付いた瞬間、ブチ切れた。

私は結構我慢強い方なのだが、切れる時には0.01秒でアドレナリンが噴き出す。考えるより先に手が出た。

左隣の男性をどつ…もとい、何発かつついた。(ぐーだけど。)「何しているのよ!」と女性らしく、しかし毅然と抗議した(はず。完全に頭に血が上っていた。もしかしたら、もう少し乱暴だったかも。いやん。)

すいません、すいません、と言いながらその男性は退席した。

そして、私は引き続き映画を鑑賞した。

だって見ている映画は『地獄の黙示録』なのだ。

そりゃ、ゴアゴアの朝のナパーム弾はとっくに終わっていたよ。プレイメイト達の狂乱も終わっていたよ。ド・ラン橋の狂気も終了していましたよ。

だけど、これから山海塾がワラワラ出てきて、カーツ大佐が出てくるのだ。マーティン・シーンのギャランドゥが血まみれ泥まみれになり、雨がそぼ降る中、イケメンだけど寂しい前髪に「こいつきっとハゲるわ。」としみじみ思うあのラストはこれからなのだ。

 

よく、あの魂をガシガシ削ってくる『地獄の黙示録』を見ながら痴漢をしようなどというクソな事を考える事が出来るな。

クソクズがっっ。

 

私はその日はノースリーブの膝丈のワンピースを着ていた。特に露出度の高い格好をしていたわけではない。ポリエステルのシワになりにくい、旅行や映画鑑賞にピッタリのワンピースだ。

しかし、もしも私が露出度の高い格好をしていたとしても、全く私には落ち度はない。

映画館で隣の席に座った女性の身体に勝手に男性が触るなどという事は、いかなる事情でも認められない。

 

少し前に、中高校の校則でポニーテール禁止、という記事を読んだ。理由が確か「男子生徒の劣情を煽るから。」

はっ?

いや、いや、いや、女子生徒のポニーテールに罪はないでしょう。仮に劣情を煽られても、そこは男性諸君が我慢して下さい。

何故、女子生徒がポニーテールを禁止されなければならないのか。それならいっそのこと共学やめろ、と思った。

 痴漢などの性犯罪の原因は、加害者に求められるべきものである。被害者に原因を押し付けて、「お前達が加害男性の劣情を煽ったからだ。」などと言われるのは明らかにおかしい。

 

私が反省すべき点はただ一つ、左隣の相手に対してとっさに右手で反撃してしまった点だ。落ち着いて後から考えると、相手は左側にいるんだから、左の裏拳だろう。どう考えても。

う〜〜んやはり私はヘッポコだ。

 

しかし、さらに後から考えると、『触る』という痴漢行為が目的というより、『触るふりをして相手を不快にさせる』事が目的の愉快犯だったのかもしれないな、と思った。

映画のはじめのうちにも、なんか足をくっつけてきたりしていたし。結構あからさまに体を寄せてきていたし。

だから、手を突っ込んできて、女性を気持ち悪い〜〜ってさせて、振り払わせるくらいのつもりだったのかも…触られてなかったしな…そういえば…
だけど、映画に夢中になっているオタクにそんなの通じないから!映画に夢中だから深読みとかできないから!手なんかなかなか気がつかないから!悪いけど、手に気がついた瞬間にブチ切れるから!そんで、排除するから!

あんがーまねじめんと??知らん!

だって映画見たいんだもん!!だってオタクなんだもん!!

 

地獄の黙示録』は本当に素晴らしい映画なのだが、何度も集中を乱された人生最悪の鑑賞環境だった。

 

 しかし。

後日、極上の爆音で『地獄の黙示録』を見ることが出来たのだよ。

本当に素晴らしかった。最高の口直しだった。

なんか今炎上していて大変みたいだが、次回は爆音ではないが楽しみな企画なので、頑張って欲しい。

 

 

 

マフィアはイタリア、スパイはイギリスにかぎる。しかし香港映画に勝るものは無い。ードラゴン×マッハ!

 

久しぶりに、劇場が明るくなるまで食い入るようにスクリーンを見ていた。

『ドラゴン×マッハ!』は、鼻血を撒き散らしながらゴロゴロ転げ回って失血死しそうになるくらい興奮する映画だった。

物語も面白かったし、何よりとにかく格好いいのだ。凄く、凄く、もの凄く、格好良かった。最高だった。

 

臓器密輸組織に潜入捜査していた香港警察のチーキットは、素性がバレて組織に捕らわれてしまう。そして臓器密売組織の拠点のタイの刑務所に入れられてしまう。仲間とは連絡がとれず、言葉も通じない孤立無縁の中で、チーキットは白血病の娘を持つ看守(実はムエタイの達人)と出会い、闘い、やがて熱い友情に結ばれ、共に命をかけて巨悪に立ち向かうー

まぁ、そんな感じの(?)映画だった。結構登場人物が多く、それぞれのキャラに事情があるのだが、それを非常に上手くまとめあげて、なかなか見応えがあった。

 

しかし、やはりアクション。本当にアクションがもの凄くて、格好良かった。(こればっか。)

まず、ウー・ジンが潜入捜査官だとバレてしまう空港での捕物、銃撃戦にハラハラする。とにかく見せ方が上手くて、警察、密売組織、ターゲットとその関係者、潜入捜査官が入り乱れて争うのだが、空港の長い長い廊下を使う事で、それぞれの争いが入り乱れながらも絵巻物のように展開していく。敵味方入り乱れているのだが、非常に見やすい。

タイの刑務所での大乱闘シーンもすごく良かった。長回しで撮られているのだが、それぞれの乱闘エピソードが繋がっており、これもまるで絵巻物のようにぐるっと展開していく様が、面白い。隅々までエピソードが散りばめられていて見応えがある。

トニー・ジャー演じる看守のチャイが、刑務所や所長に疑問を持つあたりから、臓器売買の為に掠われて閉じ込められている女子供や、解体された死体など陰惨な場面が出て来る。(おそらく、幅広い観客層を想定してかなり気を使ってゴア表現は控え目。)

最後、ウー・ジンが敵のアジトへ乗り込むのだが、ナイフ使いの眉無しがすごく良かった。

この眉無しは、クライマックスの前に警察がターゲットをガードしているところに1人で乗り込んで、無表情で警官を殺しまくりターゲットを誘拐するのだが、いや〜怖い怖い。ムエタイの達人もカンフーの達人もいないただの警官達10人位を、無表情にためらいもなく排除していくのだ。虐殺といった感じで、非情な恐ろしい殺し屋というイメージだ。

眉無しは補聴器みたいなものをつけていて、一言も発さないので聴覚障害があるという設定なのか?私の狭い付き合いでは、補聴器で聞こえる人は手話を使わず(使えず)喋る人ばかりだから、ちょっとわからないのだが。

とにかく、一言も喋らない眉無しが、ただボスの敵を排除する為に無言で襲いかかってくるのだ。殺るか殺られるか、ですよ。病院の受付の真っ白な部屋でマトリックスバトル。怖い〜カッコいい〜〜

 そして、そして、刑務所の所長のマックス・チャン!最高だった。オールバックに三つ揃いのスーツ!最高過ぎる。

私は、三つ揃いのスーツ姿が大好きで(除く、日本のおっさんのチョッキ)、特にこの映画のマックス・チャンのように逆三体型でキッチリと一分の隙もなく着こなした姿に萌えまくる。

全く関係がないが、私はマフィア映画が大好きなのだが、理由の半分くらいはイタリアマフィアのスーツは三つ揃いだからなのだ。そして、スパイ映画も大好きなのだが、特にイギリスのスパイが大好きなのだが、やはり理由はスーツなのだ。

一昨年の『キングスマン』は私にとって最高の萌え映画だった。昨年の『レジェンド』は、トム・ハーディがイギリスの双子のイケメンマフィアをやるという事だったので、めちゃくちゃ楽しみにしていたのだが、スーツがイマイチだった。トム・ハーディは『裏切りのサーカス』で女に甘いイケメン下っ端スパイをやっていたなぁ〜。そしてあの映画でもテイラーことコリン・ファースが失神もののスーツ姿でスパイをやっていた。やはり、イギリスはスパイでマフィアはイタリアだ、と思う。

『ドラゴン×マックス』では、香港マフィアのマックス・チャンが素晴らしい三つ揃いのスーツ姿を披露してくれた。最高だった。

香港映画は、おっさんのヨレっとしたスーツ姿もあるが、悪役は割とバシッと決めてくる。(ような気がする。イメージ。)

マックス・チャンは、その最高のスーツ姿で、髪一筋乱さず表情一つ変えずに、悪鬼の如き表情の闘神トニー・ジャーと闘うのだ。その絵面の素晴らしさといったら、素晴らしさといったら…ってなんの例えも浮かばないよ!もう、本当に本当にスゴイんだよ〜〜!!

眉無しと所長は本当に良かった。眉無しは若手のようなので今後に期待。

 

この映画ではだれもが何かが欠けており、それは身体的、健康面、精神的、経済面など様々なものなのだが、その欠けた物の為に闘っていた。しかし、闘い方にも色々ある。自分の都合や自分にとっての正義や経済的困窮のために、倫理・道徳を無視して犯罪行為に手を染める者もいれば、どんな苦境に陥ろうとも人の道をはずれず闘う者もいる。

最後の所長とトニー・ジャーウー・ジンの闘いの最中に、トニーの娘が病院を抜け出してバンコクの街中で狼(の幻影?)に出会うシーンがある。狼=野生、つまり人の道に外れた獣の象徴であり、お父さんが命がけで悪と闘っている最中に彼女もまた闘い、そして勝利するというね、泣くわ〜マジ泣けるわ〜〜

 

本当に興奮する、素晴らしい映画だった。

この後、『幸せなひとりぼっち』を見る予定だったが、もう完全にエンジンかかっちゃってそんな気分じゃない。ムリです…

私は映画が終わった瞬間に切り替わるので、全く違うタイプの映画を立て続けに見る事が出来るのだが、これはムリです…

なんというか、『ドラゴン×マッハ』は童貞魂を熱くたぎらせる映画で、大興奮する映画だったのだ。映画が終わっても全く切り替える事が出来ない。

…という訳で、別の童貞映画『マッド・マックス 怒りのデス・ロード ブラック&クロームエディション』を見に行ったよ。最高だったよ〜。マジで恰好良かった。鼻血が止まるヒマがないよ〜〜

 

終了間際にようやく『幸せなひとりぼっち』を見る事が出来たので記念かきこ。(使い方あってる?)この映画もいい映画だったので、見逃さなくて良かった。